1965年に米誌ニューヨーカー(New Yorker)誌に掲載された『ハプワース16、1924年(Hapworth 16: 1924)』を最後に同氏は新作を出していない。インタビューも1980年にボストン・サンデー・グローブ(Boston Sunday Globe)から受けたものが最後だ。このインタビューでサリンジャー氏は、「書くのは好きだし、日常的に書くことはやめていない。だが自分のために書いているだけだ。私のことはそっとしておいてほしい」と語っている。
サリンジャー氏は1919年1月1日、ニューヨーク(New York)のマンハッタン(Manhattan)で生まれた。父はポーランド系ユダヤ人、母はアイルランド系。10代で執筆活動を開始し、1940年に雑誌『ストーリー』(Story)に掲載された『若者たち(The Young Folks)』でデビューした。
米国の参戦を機に1942年に米軍へ入隊。のちに一兵士としてノルマンディー(Normandy)上陸作戦に参加した。戦争体験はサリンジャー氏に大きな影響を与えたと言われている。戦後、ドイツ人女性と結婚したが結婚生活はわずか数か月で終わり、その後はいっそう情熱的に執筆に取り組んだ。
1948年、「バナナフィッシュにうってつけの日(A Perfect Day for Bananafish)」を米誌ニューヨーカーに発表し高い評価を得る。この作品には、いくつかの短編で描かれるグラース(Glass)家の家族のうち、長男のシーモア(Seymour)が登場する。
1951年の『ライ麦畑でつかまえて』は発表後すぐに反響を呼び、大ベストセラーとなった。現在も年間25万部以上の売り上げを記録し、多くの高校で推薦図書に選ばれている。だが、個人的生活を大切にするサリンジャー氏は『ライ麦畑でつかまえて』で得た名声を負担に感じ、1953年にニューハンプシャー(New Hampshire)州の田舎町コーニッシュ(Cornish)で隠遁生活を始めた。それ以降は公の場に姿を現していない。
1955年に当時学生だったクレア・ダグラス(Claire Douglas)さんと再婚、2児をもうけたが、1967年に離婚した。1972年には当時18歳だったジョイス・メイナード(Joyce Maynard)さんとの交際が始まる。サリンジャー氏がメイナードさんに送った手紙が1999年にオークションで15万ドル(約1370万円)を超える値段で落札され、同氏に対する関心の高さがあらためて示された。
サリンジャー氏は1974年に20年近くの沈黙を破ってニューヨーク・タイムズ(New York Times)紙の電話インタビューに応じ、次のように語った。「作品を出版しないでいれば、驚くほど平和な毎日だ。何かを出版すれば私の個人的な生活がひどく脅かされることになる。私は書くのが好きだ。書くことを愛している。でも今は自分自身のため、自分の喜びのために書いているだけだ」
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